日本においてクリスマスを「Xマス」とする表記の由来とは?

外国製のクリスマスカードで Merry Xmas と表記されたものは見た覚えがない。クリスマスは Christmas で頭文字がXの Xmas ではないのだ。それに対して日本では Xmas ( X'mas ) もしくは Xマスと表記するのが通例となっている。略称や略記が習い性となっている国民性とはいえ、これにはそれなりの理由があるはずである。それは例えば小説や映画、もしくはその主題歌だったりするわけだが、戦前に遡ってみても「Xマス」と表記されたベストセラーや大ヒット映画は見当たらない。では何に起因するのか。

その他にクリスマスにかこつけたクリスマスセールと名付けられた恒例行事が存在する。特に百貨店で催されるクリスマスセールは今でこそかつての吸引力を失ってはいるが、昭和においてはその規模や広告展開の派手さなども最大級であった。そこで百貨店のクリスマスセールの足跡を辿れば「Xマス」表記の謎が解けるのではないだろうか?というのが出発点だった。

国会図書館にいけば新聞の縮刷版は幸いにして開架となっていて自由に閲覧することができる。すると最も古く「Xマス」と銘打った催し物は大正14年(1925)に銀座松屋(当時は松屋呉服店)で開催されていることが分かった。上に掲げたのがその広告である。また古い雑誌の目次に関してはおおかたデジタルデータ化されているので、キーワード検索で「Xマス」を探してみたところ、最古のものは昭和7年1月号の雑誌「植民」誌であった。ちなみに略記でない「クリスマス」で検索すると明治19年発行の雑誌がヒットする。時系列を整理すると、日本において最初に「クリスマス」が取り上げられたのが明治19年、「Xマス」表記が初登場するのが新聞広告で大正14年、雑誌では昭和6年の年末ということになる。クリスマスの風習自体は明治時代より知られていて、略記の「Xマス」表記が雑誌に登場するのが昭和6年年末、銀座松屋が新聞広告で「Xマス」表記を使ったのは大正14年であるから、この表記が雑誌で使われる(=世間に認知されていて誰もがその意味を知っている)7年も前に銀座松屋が広告で「Xマス」表記を用いていたことになる。つまり銀座松屋が「Xマス」表記を日本で始めて使用した可能性があるのだ。

新聞を見た当時の人のほとんどは「Xマス」という大見出しを「クリスマス」とは読めなかったのではなかろうか。いってみれば「Xマス」という見出しはティーザー広告の手法である。ティーザー広告とは意図的にある要素を隠して見るものの注意を惹きつける手法で、正解は広告の文面を読めば簡単に理解できるように書かれている。ではなぜ「クリスマス」ではなく「Xマス」表記を用いたのか?それは銀座松屋ならではの必然性があったのだ。

銀座においていち早くクリスマスを意識した商いを展開したのは明治屋である。右にあるのは大正11年(1922)の新聞広告で、文面によると「吉例のクリスマス飾り」とあるからもっと早い時期から始められていたことがわかる。銀座松屋の「松屋のXマス」という大見出しは、「明治屋のクリスマス」を多分に意識してのことだろう。しかしクリスマス商戦に新たに参入するに際して、明治屋と差別化を図るために馴染みのない「Xマス」表記を用いた。クリスマスの古い英語表記としての Xmas と、カタカナの組み合わせである「Xマス」は、アルファベットの「X」を強調したい銀座松屋ならではの思惑がある。それは当時の銀座松屋ロゴマークが松葉をクロスしたデザインで、二本の斜線をクロスしたアルファベットの「X」を連想させるからだ。その他にもカタカナの「マス」がのっぺりとしたゴシック体であるのに対して、アルファベットの「X」だけが飾りの付いたセリフ( Serif ) 書体を用いてことからしてもその目的は明白である。セリフ書体による飾りとは「X」の天地を支えるようにして伸びている四本の横線のことで、ゴシック体にはないものである。その出っ張りが銀座松屋ロゴマークにある、松葉の付け根のトゲのような部分を類推させるように意図されている。クリスマス商戦に新規参入する銀座松屋としては、クリスマスはもともと銀座松屋と深い縁がある、と高らかに宣言しているような「Xマス」表記は、初見では意味がわからない事を含めてこれ以上にないインパクトを与えたものと思われる。

古い文献をすべてあらった訳ではないから迂闊な事は言えぬが、現代の日本で一般的になっている「Xマス」表記が銀座松屋の広告から始まったとすれば愉快ではないか。これから「Xマス」表記を見るたびに、旧銀座松屋ロゴマークを思い浮かべざるを得なくなるというものだ。よしんば始まりが銀座松屋の広告ではなかったにしろ、この表記を拡めて日本に定着させたのはこの広告が出発点だ、とはいえるのではないか。