石井輝男とモード〜ラインシリーズをめぐって


東宝末期に製作されたラインシリーズという映画がある。昭和33年(1958)の「白線秘密地帯」から始まり「黒線地帯」「黄線地帯」「セクシー地帯」と続き、昭和36年(1961)の「火線地帯」までの五本の映画の総称である。監督は石井輝男(「火線地帯」の武部弘道を除く)で、昭和31年(1956)に施行された売春防止法によってこれまでは合法だった売春地区、いわゆる赤線地帯以外で行われる非合法な売春を影で操る組織と主人公との攻防を描いたクライムストーリーという位置づけになっている。地帯(ライン)シリーズとはいうものの公開時にタイトル脇にルビでラインと銘打ってあるのは「黄線地帯(イエローライン)」と「セクシー地帯(セクシーライン)」の二本だけであり、「黄線地帯」の予告編では「白線、黒線、秘密売春三部作」となってはいるが、公開当時の雑誌広告の惹句や予告編を見てもラインシリーズという名称はどこにも登場しない。ではなぜ現在ではラインシリーズと呼ばれているのだろう?これは単なる推測だが60年代後半に東映の異常性愛路線によって注目された石井輝男の初期作品を振り返るような名画座の特集上映企画があり、その際に地帯と名付けられた五本の映画を集めラインシリーズなるキャッチが付けられ、それが繰り返し上映されるたびにいつの間にか定着したのではないかと考えている(特に五本立てというのはオールナイト上映に相応しい)。名画座での特集上映は60年代後半から大学生を中心として人気を集め、その中からそれまであまり顧みられることのなかったプログラムピクチャーの監督である加藤泰鈴木清順の再評価につながって行った。

昭和31年(1956)12月に封切られた「ロマンスライン」というイギリス映画がある。原題を「The Iron Petticoat」といい、直訳すれば「鉄のペチコート」。「Iron(鉄)」は鉄のカーテンから来ており、主人公のキャサリン・ヘップバーンが「ソ連から越境逃亡したM型女流飛行士(惹句より)」であることに由来する。M型のM は man の頭文字であり「ロマンスライン」封切前年に映画化された獅子文六の小説「青春怪談」からのW+M(オトコオンナ)に由来する流行語で、化粧っ気のないパンツスタイルの男性的女性を指す。ロマンスラインのキャサリン・ヘップバーンも空軍大尉らしい軍服姿で登場するのでM型女性に相応しい。ソ連を始めとする共産主義国家と自由主義国家との冷戦時代を背景とした空軍大尉同士の恋愛合戦という意味で「恋愛航路=ロマンスライン」という意味での邦題ならば特にここで取り上げたりはしない。実は「ロマンスライン」にはもうひとつの意味がある。

この映画が封切られた時代にモード界の神様と言われたのがデザイナーのクリスチャン・ディオール。その名声は女性雑誌ばかりではなく、サンデー毎日週刊朝日などの一般週刊誌紙上でも取り上げられている。特に日本で紹介されるようになったのは昭和29年(1954)に発表された「Hライン」からで、その後「Aライン」「Yライン」と矢継ぎばやに発表されたモードスタイルは、そのアルファベットの文字の形に似たシルエットで広く知られるところとなった。それとともに「ライン」という言葉はモードを表す言葉として浸透し、日本人デザイナーグループによる「ハンターライン」なる新作モードも生まれることとなる。

「ロマンスライン」という映画はこういう時代背景の中で公開されている。原題の「アイロン・ペティコート」のアイロンは鉄のカーテンから来ていることは先に書いた。ペティコートはスカートの下に着るものでスカートのシルエットを形づくるために装着するもの。映画では軍服姿(ディオール流に言えば女性らしいシルエットを強調しないHライン)で登場する男性的なソ連空軍大尉のキャサリン・ヘプバーンが、女性的な黒いカクテルドレス(広告のスチルに使われている、ペティコートを着て女性らしいシルエットを強調したYライン)を身にまとい、アメリカ空軍大尉のボブ・ホープに初めて女性らしい姿で対面するシーンは物語上でひとつの山場となっている。つまり「ロマンスライン」という邦題は「恋愛航路」という意味と、原題にあるペティコートの意味を活かした「ロマンチックなシルエット(ライン)」というダブルミーニングになっているのだ。

石井輝男の「黄線地帯(イエローライン)」と「セクシー地帯(セクシーライン)」の二作に使われているラインが、当時の人々にとって流行モードを表す馴染みの言葉であるラインとただちに結びついたことは想像に難くない。モードという観点に立った上で二本の映画を改めて見直してみようと思う。まず「黄線地帯(イエローライン)」だが三原葉子が着ている白いスーツが先に挙げたHラインの写真(三人並んだモデルの左端)と良く似ている事に気づく。ウエストラインは三原の方がややくびれてはいるが、首周りを覆い隠すように高いスタンドネックと帽子の形状、服のカラーと色を合わせた手袋のコーデイネートなど類似点は多い。「黄線地帯」はラインシリーズ中唯一のカラー作品で三原の履く赤いハイヒールが映画冒頭の粋な導入部となるが、「赤」が目立つように色彩設計された映画であることは見ての通り。公開前年の昭和34年(1959)に日本流行色協会が皇太子御成婚記念として「赤」を含んだ「慶祝カラー」が発表され、赤は当時の流行色の中心だった。

一方「セクシー地帯(セクシーライン)」となると冒頭からモード色全開となる。平岡精二クインテットによるビブラフォンを中心としたJazz演奏が、刺々しい太陽マークのロゴに代わり大蔵貢の退陣によって甦った、新東宝設立当時の楕円形にローマ字でSHINTOHOと入った野口久光デザインによるレトロモダンなロゴマークによく似合う。続いてモード雑誌を中心とした洋雑誌の写真やイラストを散りばめたクレジットタイトル。コールガールに成りすましたパンツスタイルの三原葉子が客と待ち合わせる東京駅丸の内口に、戦前ファションの最先端だったモダンガールの聖地、旧丸ビル(拙文「働く女性たち」参照)がしっかりと出てくるのも楽しい仕掛け。ラストで背中合わせに椅子に縛られて座らされた吉田輝雄三原葉子が、深刻さを少しも感じさせない軽妙な台詞のやり取りの中で出てくる、三原葉子のパンツのポケットに入った爪切りを、吉田が後ろ手で探り当てながらしゃべる小粋で少しエッチな名セリフ、「女の子って不思議なとこにポケットがあるんだね」から「セクシー地帯(セクシーライン)」の裏テーマがモードだということを確信した次第。